日本二十六聖人殉教地へと続く旧浦上街道沿いにある山王神社は、爆心地から南東約800mの場所の高台にあり、1945(昭和20)年8月の原爆投下により被害を受けました。社殿は跡形もなく崩れましたが、1950(昭和25)年に再建され現在に至ります。
山王神社の参道には、一本柱鳥居と呼ばれ親しまれている鳥居があります。もともと鳥居は4つありましたが被爆によりその2つが強烈な爆風とともに倒壊しました。残った鳥居のうち1つは戦後、交通事故により撤去されたため、現在も当時のままの姿で立っているのは右半分の柱だけを残した一本柱鳥居のみとなりました。被爆時に吹き飛ばされた左半分はすぐ近くの道路に保存されており見ることができます。住宅街にひっそりと街を見下ろす位置に立っており、原爆の悲惨さを現代に語り継いでいます。
原爆資料館に行くと、この鳥居を背景に撮影した集合写真を時折目にします。資料館を訪れる前にここを見学するとより一層理解を深められる長崎原爆遺構のひとつです。
また山王神社境内には被爆したクスの木が残っており、一本柱鳥居とともに平和や再生のシンボルとして長年親しまれています。